なぜ、「世界観のある家づくりを始めよう!」と呼びかけるのか?

「世界観のある家づくりを始めよう!」と呼びかける、その理由として、ひとつはこちら。ノウハウ型の支援は限界が来ていると感じたからです。

住宅業界ではノウハウ型の支援は限界が来ている!?

2017.04.27

そして、もうひとつは、心楽コンサルティングの出口さんと長期講座を開催したことがキッカケでもあります。

その講座では、自社の価値を高めるために、ポジショニング(差別化)やビジョンやミッションを見つけていくことを中心に取り組んでいただくというものです。ポジショニングにより差別化していき、ビジョンやミッションを明確にしていく・・・このステップは、独自の世界を、つくりあげていくためにとても必要なことなのです。

そして、「見込み客を集める」ということは、その世界に招待するということでもあります。

世界、、、「世界観のある家づくり」というのは、雰囲気などの感性に響く感覚的なことが強いので、なんだかスピリチュアルな言葉ですよね(笑)

ビジョンをビジュアル化していくイメージとして捉えていただいてもいいです。もう少し掘り下げるなら、価値観や哲学、人間的要素などを具現化したものです。

また、違う言葉で表すなら、「ブランド」でしょう。ただ、ブランドという言葉を使うと、ロゴだ、屋号だ、みたいな手法に目がいきがちなので、あえて「世界」という言葉を使うようにしています。「世界」という言葉の方が熱量を感じますしね。

以前、「芸能界はポジショニングの塊」という記事を書きましたが、売れてる芸能人の世界観は強烈です。その人にしか作り出せないものがあります。だから、ファンも多くなります。

「代わりはいない」という存在感は必要だけど、代わりはいなくても成り立つという現実もある。

2017.03.01

今の時代、商品の中身以上に「誰から買うか」の方が、重視されるようになっています。家も同じです。モノの品質がある一定のレベルを満たしているからこそ、これからは「何を誰と建てるか?」を意識し、「自分が何者でなのか?」「家に対してどんな考えを持っているのか?」というのことを、読者にしっかりと伝えて行く必要があります。

世界があると集客は楽はなります。信頼関係も無理に築こうとする必要もありませんし、無理に売り込む必要もなくなります。でも、「世界観のある家づくり」は、まだまだ少ないです。だから、「世界観のある家づくりを始めよう!」と呼びかけているのです。

 

 

追伸:工務店経営者の方にお知らせです。

参加した工務店経営者の声
今ではたくさんのコンサル会社がいろいろなセミナーをやっている時代、どれを聞いても同じようなセミナーで、言っていることはだいたい同じ、特に共感できるところもなく金儲けでセミナーをやっているとしか思えないようなセミナーばかりでした。そしてある程度規模の大きい工務店、地場ビルダーを対象にしたセミナーが多いことでした。でも以前より何回か井内さん、出口さんのセミナーを受けていますが、とても分かりやすく中小工務店(年間棟数20棟程度まで)を対象にした問題点を取り上げてくれています。

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ABOUTこの記事をかいた人

井内智哉

設計事務所勤務時に、建築家ネットワーク会社・アーキテクツ・スタジオ・ジャパン(ASJ)とのコラボしたブランド住宅「AROS」の全国展開に宣伝・広告として携わる。ミサワホーム創業者の三澤千代治氏の新事業・200年住宅「HABITA」の立ち上げから携わり、宣伝・技術・営業・企画などの経験を積む。後に全国の地域工務店200社以上を束ねる住宅のフランチャイズ事業にまで成長。その後、デザイン住宅を軸にした注文住宅の事業「ソラマド」の全国展開に携わる。WEB集客やコミュニティの構築、関東・東海地域の市場開発、提携工務店への研修など、年間150棟ほどの住宅設計のマーケティングサポートを行う。また2013年1月、同社にて新規事業のDIY・リノベーションを提案するお店を立ち上げる。2013年6月より、住宅業界専門のネットマーケティングコーチとして独立。工務店フランチャイズ本部や同業他社とも連携し、地域工務店のサポートや研修などを経て、年間棟数20棟未満の小規模工務店の経営者向けにノウハウやコンテンツを提供している。2014年10月~2015年3月まで日本住宅新聞にて、歴代最年少執筆者として連載。